きっと逃げられる 指田和さんが伝える教訓

ふつうの子こが逃にげられたのだから――。東日本大震災ひがしにほんだいしんさいの津波つなみから避難ひなんして生いき延のびた小中学生しょうちゅうがくせいを描えがいた児童文学作家じどうぶんがくさっか、指田さしだ和かずさん(58)=埼玉県鴻巣市さいたまけんこうのすし=が2日ふつか、岩手県釜石市いわてけんかまいししの「桑畑くわはた書店しょてん」であったトークイベントに参加さんかしました。15年ねん前まえの震災しんさいから長ながく通かよい続つづける町まちで、絵本えほんを通つうじて伝つたえたかった思おもいを語かたりました。【奥田おくだ伸一しんいち】

指田さしださんは2013年ねん、震災しんさいで釜石市かまいしし北部ほくぶの鵜住居うのすまい地区ちくの小中学生しょうちゅうがくせいらが高台たかだいにかけ上あがって助たすかったことを描えがいた「はしれ、上うえへ! つなみてんでんこ」(ポプラ社しゃ)を画家がかと共作きょうさくして出版しゅっぱんしました。25年ねん度どの青せい少しょう年ねん読書感想文どくしょかんそうぶん全国ぜんこくコンクール(毎日新聞社まいにちしんぶんしゃなど主催しゅさい)では、静岡県しずおかけんの小学生しょうがくせいの感想文かんそうぶんが内閣総理大臣賞ないかくそうりだいじんしょうを受賞じゅしょうするなど長ながく読よみ継つがれています。

小中学生らの津波避難を描いた絵本を手にする指田和さん=岩手県釜石市で2日

足あし運はこび3冊さつ

1945年ねんの広島ひろしま原爆げんばくや95年ねんの阪神大震災はんしんだいしんさいを題材だいざいにした絵本えほんも手てがけた指田さしださん。釜石かまいしには震災しんさいの2か月げつ後ご、被災ひさいした親戚しんせきを訪たずねたのを機きに足あしを運はこぶようになりました。ボランティアをしながら取材しゅざいを進すすめ、釜石かまいしの震災しんさい関連かんれんで絵本えほんを3冊さつ出版しゅっぱんしました。

「つなみてんでんこ」は、鵜住居うのすまい小しょうの子こどもたちと避難ひなん先さきの小学校しょうがっこうで出会であったのが制作せいさくのきっかけ。鵜住居うのすまい小しょうの児童じどうと、となりにある釜石かまいし東中ひがしちゅうの生徒せいとら約やく600人にんは震災しんさい時じ、海沿うみぞいの低地ていちにあった学校がっこうから約やく1・6キロメートルの坂道さかみちをかけ上あがって助かりました。

「ごくふつうの子こどもたちが大おお津波つなみから避難ひなんできたことを伝つたえることで、自然災害しぜんさいがいの被災者ひさいしゃを減へらせるのではないか」。話はなしを聞きくうちに、出版しゅっぱんを思おもい立たちました。絵本えほん作づくりに当あたって接せっした人ひとは100人にんに上のぼります。

命いのち守まもった行動こうどう

東日本大震災の津波におそわれた岩手県釜石市の鵜住居川河口付近=2011年3月13日

鵜住居うのすまいをはじめ、釜石かまいしでは多おおくの小中学生しょうちゅうがくせいが速すみやかな行動こうどうで命いのちを守まもったことから、防災ぼうさいや教育関係者きょういくかんけいしゃから高たかく評価ひょうかされました。その半面はんめん、保護者ほごしゃに引ひきわたされた後あとに津波つなみにあった子こや、今いまも行方不明ゆくえふめいとなっている学校職員がっこうしょくいんがいます。指田さしださんは「明あかるい話題わだいだけでなく、その裏うらにある事実じじつも伝つたえていきたい」と語かたりました。