ガンバレルーヤのよしこさん、まひるさん どんな小学生だった?
おもしろいから、大丈夫――。テレビ番組「世界の果てまでイッテQ!」で、難しいダンスなどに全力で取り組む、お笑いコンビ「ガンバレルーヤ」のよしこさんとまひるさん。最近では、大島美幸さん(森三中)との3人組ユニット「MyM(マイムー)」で、歌手としても人気です。15年間も一緒に暮らす親友でもある2人に、お互いのすてきなところや、小学校時代の思い出を聞きました。2026年7月6日に発行した「こども新聞なつ号」紙面で書き切れなかったエピソードをまじえ、お届けします。

——よしこさんは、どんな小学生でしたか?
よしこ はずかしがり屋でしたね。授業中に手を挙げられないし、給食も「おかわり」に行きたいのに、行けませんでした。あと、しゃべるのもはずかしくて。当時の私の写真を見ると、髪の毛を食べているんです。髪の毛を食べていたら、人から話しかけられないじゃないですか。笑い話ですけど、本当にそれくらい誰からも話しかけられたくなかったんです。実家は農家で、犬、猫、うさぎ、鳥、モグラ、カイコ――。動物をいっぱい飼っていました。
あとは、英会話やエアロビクスなどの習い事をしていましたね。友達のお母さんが車で迎えに来てくれたときも、その車のドアを自分で開けるのすら、はずかしくて。だから、私はドアを開けずにずっと待っていて、友達のお母さんがわざわざ車から降りてドアを開けに来てくれるのを待ってから、降りていました。周りからは「生意気な子供」に見えていたかもしれませんが……。
エアロビクスは、公民館でやっている教室でした。(近所の)おばさんや幼なじみもいましたし、踊るのは好きでした。今、「イッテQ!」で世界のいろんなダンスをやらせていただいていますが、そこに通じるものはありますよね。ただ、当時のエアロビは、台を置いて上り下りするようなダンスだったんですけど……。リズム感はついたと思います。

——はずかしがり屋の小学生だったよしこさんが、お笑い芸人を目指すようになったきっかけが、気になります。
よしこ 小学4年生のとき、テレビで「踊る!さんま御殿!!」を見て、明石家さんまさんに出会ったんです。さんまさんは、はずかしがらずにいろんな人を笑わせていて、それがすごくカッコよくて。「こういう性格の人になりたい」と思うようになりました。また、目標ができたので、「性格を変えよう」とちょっとずつ努力するようになりました。
それからお笑い番組をよく見るようになって、ハマっていきました。学校の教室では相変わらずはずかしくて、おもしろいことはできなかったんですけど、放課後に仲の良い友達と遊ぶときは、ちょっとおもしろいことを言ったりするようになりました。
4人兄弟で、私は一番下の4人目です。2個上のお兄ちゃんは中学のときに応援団の団長をやっていて、お笑いが好きでした。お兄ちゃんの影響も受けて、お笑いが好きになったのかなとも思います。
今でも、はずかしくなることはありますよ。先輩たちとご飯を食べているときに、ご飯を口にかきこんだ瞬間を見られるのは、はずかしいな、とか……。ただ、自由に自分を表現される方が周りに多いので、感化されて、昔に比べたらだいぶ吹っ切れたなと思います。
——まひるさんはどんな小学生でしたか?
まひる 鳥取・大山の大自然の中で育ちました。冬は雪が腰くらいまで積もりますし、海も近い。水泳の授業も海でやったりしていました。だから、今の私のフィジカルの土台は、間違いなく地元の大山で培ったものなんじゃないかと思います。
毎年、地元の相撲大会に出ていました。男女関係なく取り組みをするので、高学年になるにつれて、はずかしがって女の子はあんまり出なくなるんです。でも私は6年生まで出ました。
優勝したら3000円くらい賞金をもらえたので、大会には小学生がたくさん参加していました。そこで私、男の子も投げ飛ばして優勝したことがあります! 学年が関係ないトーナメント戦なので、5年生のときに6年生の大きな男の子と対戦したときは、やっぱり怖かったです。ただ「立ち向かわなきゃ」という気持ちで立ち向かっていました。

——スポーツも習っていましたか?
まひる 小学3年生から中学校3年生まで野球部でした。女の子は私ひとりだけで、小学生のときは体も男子よりも大きかったですね。
――なぜ野球をはじめたのですか?
まひる おじいちゃんが広島カープのファンで、家でよく野球中継を見ていました。おじいちゃんとキャッチボールをしているうちに楽しくなって、「私も野球部に入りたい」と小学2年生のときに家族に相談したんです。
ただ、当時は女の子で野球をしている子が周りにいなかったので、家族に心配されて許してもらえませんでした。でも、その後もおじいちゃんとキャッチボールをして肩を作って、「これだけできるんだよ」とアピールし続けました。1年くらいたったら、お母さんもお父さんも「いいよ、頑張りなさい」と背中を押してくれました。
——お笑い芸人を目指したきっかけを教えてください。
まひる 中学生のときに「イッテQ!」(テレビ番組)が始まって、大好きで見ていました。そこでイモトアヤコさんがオーディションに受かってチームに加わっていく姿を、ずっと見ていたんです。イモトさんは私と地元が一緒です。私が中学生のときにお世話になった先生が、中学生だったイモトさんも教えていました。
先生は「足が速くて、陸上大会でも活躍していた」と、イモトさんの話をよくしてくれました。身近な方がスターになっていく様子を見ていたら、「自分もイモトさんみたいになりたい」と憧れる気持ちが強くなりました。そこから「『イッテQ』に出たい!」という思いで、お笑い芸人を目指すようになりました。
高校にはスポーツ推薦で入学し、ソフトボール部に入りました。全国大会に出る強い学校で厳しく、過酷な毎日の中で、自分を支えてくれたのが「イッテQ!」などのバラエティ番組でした。「見ている人の疲れを吹き飛ばせるような芸人になりたい」という思いが強くなりました。

——「イッテQ!」に出演するようになり、学んだことは?
よしこ 共演している芸人さんたちは、「人間力」がすばらしい方ばかりです。もちろんお笑いの技術もすごいですけど……。
みなさん、自分の思ったことを素直に言うから、それが個性になって、おもしろい。好きなことを「好き」と言うことが、魅力になる。私は、はずかしいから「できない」「意見を言えない」小学生だったけど、「ガマンしなくていい」と思えました。
他の人と意見がぶつかって、たとえケンカになっても、そのバトルがおもしろくなるんです。「私はこう思う」「でも私はこう思う」――。違う意見の人がいたとしても、自分の意見を言わないのは、もったいないし、自分の個性をなくしちゃうな、と思いました。
——「イッテQ!」では、急に難しいことを「やりましょう」と言われますよね。
まひる (難しい挑戦を)「やりましょう」と言われると、みなさん結構嫌がります。だから私も最初のころは、「嫌がらなきゃいけないのかな」と思って、周りにあわせて「あー、嫌だー」と言っていたんです。でも、本当は「挑戦することが好きだから、めっちゃやりたい!」っていう気持ちで……。だんだん、「周りに合わせて、自分の気持ちと違うことを言うのはどうなんだろう」と思うようになりました。
初めてよっちゃんと2人でロケに行ったとき、(難しい挑戦を聞いて)思わず「やったー!」と喜んだんです。そうしたら、スタッフさんが「そんなふうに喜ぶ人はいないよ。新しい!」って言ってくださって。「これも個性になるんだ。我慢しなくていいんだ」と思いました。
大人になると、新しいことを始める機会は減っていきます。でも「イッテQ!」では毎回、新しい試練を与えられます。挑戦できるチャンスをいただけることが私としてはうれしくて。「乗り越えられるかな」と不安になることもあるけれど、「せっかくいただいたチャンスだから楽しもう」という気持ちでやらせていただいています。
――挑戦が楽しめるのはなぜでしょう?
まひる 子どもが少ない小学校に通っていて、夏休みになると毎年「チャレンジ探検隊」に参加していました。夏休みにみんなで集まって、先生や保護者のボランティア、地域の人と一緒に、登山して「万年雪(夏に解けずに残った雪)」を触りに行ったり、竹を切っていかだを作って海でいかだレースをしたり、水を張った田んぼの中でビーチフラッグやお相撲をやったり――。
今「イッテQ!」でやっているようなワクワクすることを、小さいころからやらせていただいていました。だから、今も新しい挑戦を目の当たりにすると、ワクワクしちゃいます。

——森三中の大島美幸さんと3人で、アーティスト(MyM)としても活躍しています。
よしこ 大島さんが好きになったオーディション番組を教えていただいて、私たちも感銘を受けたのがきっかけです。大島さんが「(オーディションから誕生したアーティスト)BE:FIRSTになりたい」とYouTubeを始められて、そこで私たちも歌わせていただくようになりました。
(見ている人たちに対して)「楽しんでいただきたい」「喜んでいただきたい」という気持ちは、芸人活動と変わらないです。ただ、最初に大島さんが「やるからには歌もダンスも本気でやろう」と掲げられたプロジェクトです。「おふざけじゃない。本気でやる」という気持ちは根底にありますね。
まひる 私は合唱のようにみんなで歌うのは好きだったんです。ただ、(カラオケなど)マイクで一人で歌うことに対してすごく苦手意識がありました。でも、初めて大島さんのYouTubeで歌わせていただいたときに、大島さんがすごくほめてくださって。「原石を見つけた」「才能を見つけてしまった。才能を殺しちゃいけない」(SKY-HIさんの言葉)を私に言ってくださって。
それまで苦手意識があって(人前で)歌わないようにしていたけれど、「挑戦してみよう」という気持ちになりました。
――「MyM」では、作詞にも参加しています。曲もYouTubeなどで聞くことができますね。
まひる 「婆CHAN」は、家族のことを歌っている曲です。私も大島さんもおばあちゃん子、おじいちゃん子で……家族のことを大切にしている気持ちを込めました。
新曲「LIL BIT」は、「サク山チョコ次郎」(チョコビスケット)のタイアップ曲です。「気楽に行こう」という思いを込めています。実際に私たちも「サク山チョコ次郎」が大好きで、一息つきたいときに食べていたお菓子でもあったので。
——「ガンバレルーヤ」の名前の由来を教えてください。
まひる 私たちが「頑張りたい」気持ちと、このコンビで「頑張ろうね」という気持ちも込めて「ガンバレルーヤ」にしました。あとは、みんなを「頑張れ、頑張れ――!」と応援しているよ、という意味もあります。

——お互いのすてきなところを教えてください。15年間一緒に暮らす中で、支え合っていることもありますか?
よしこ まーちゃんは、「大きな愛」を感じます。ずっと味方でいてくれます。まーちゃんは、私がすごいしんどいとき、落ち込んでいるときに、ハグをしてくれるんです。安心します。最初はびっくりしたけど。
私は、仕事でみんなを笑わせられなかったときは落ち込んで、家でも引きずっちゃうことがあるんです。そんなとき、まーちゃんは私が落ち込んでいるのを見て、察してくれます。静かに見守ってくれるときもあるし、「大丈夫だよ。よっちゃん、面白いから」って言ってくれるときもあります。
仕事の前、舞台袖でも、「大丈夫。よっちゃん、おもしろいから」と言ってくれます。それがすごい助けになっていて、感謝しています。
私がまーちゃんをフォローしていることは……まーちゃんは忘れ物が多くて(笑)。車から降りるときは、必ず後ろを振り返って忘れ物がないか確認するようにしています。
——まひるさんにとって、よしこさんはどんな存在ですか?
まひる よっちゃんは、どの人に対しても変わらず優しい。私が便秘で苦しいとき、よっちゃんが、きんぴらゴボウを作って持ってきてくれたことがきっかけで、私たちは仲良しになりました。困っている人がいたら足を止めて助けてくれる。そういう心の優しさを、常に感じます。
あと、これだけ一緒にいるのに、いまだに「親しき仲にも礼儀あり」を忘れていないんです。
別に言わなくてもいいのに、「まーちゃんごめん。さっき、まーちゃんに言わずに、これを借りちゃった。ありがとう」と、細かいことも礼儀として報告してくれたりするんです。それが出会ったときからずっと変わらない。

よしこ たまに言わずに歯ブラシを間違えるけど、それは言わない。
まひる 最悪です。全部言ってほしい。
よしこ 後からバレるかな、っていうやつは言います(笑)。
まひる よっちゃんにはフォローされっぱなしですが……。よっちゃんの洋服は、私が選んで買ってあげています。
よしこ 誕生日でもないのに、毎日のように、インターネット通販で買った私の洋服が届くんです。ほぼ私の服は、まーちゃんが選んでくれています。
まひる 今日も実は、よっちゃんが冬の裏起毛の厚い長ズボンをはいていて、「暑い」と言っていたので、私が「よっちゃん、それ冬のだよ」と伝えたんです。でも、最初は頑固さが出て「いや、でもピンクのズボンをはきたい」と粘っていたんですけど、私が「こういうピンクの半ズボンの方が似合うんじゃない?」と言ったら、ようやく納得して着替えてくれました(笑)
――最後に、小学生に一言お願いします!
よしこ 自分らしく生きて、地球を楽しんで。
まひる 「好き」を大切にね。

右・まひる 1993年、鳥取県生まれ。
左・よしこ 1990年、愛知県生まれ。
2012年にコンビを結成。バラエティ番組「世界の果てまでイッテQ!」で大人気。2024年に大島美幸さんとの3人組音楽ユニット「MyM」としてもデビュー。

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