「あの日」探求するきっかけに 児童文学作家・中澤晶子さん、原爆題材に新作

児童文学作家の中澤晶子さん=広島市で

原子爆弾げんしばくだん(原爆げんばく)と被爆ひばく地ち・ヒロシマをテーマに書かき続つづける児童文学作家じどうぶんがくさっか、中澤なかざわ晶子しょうこさんが、被爆ひばく80年ねんのこの夏なつ、新作しんさくを刊行かんこうしました。「あの日ひ」を境さかいに空白くうはくになった少女しょうじょの日記にっきが題材だいざいです。自分じぶんたちと同おなじような子こどもたちが生いきていた――。その共感きょうかんが生うまれたとき、記憶きおくをつなぐ扉とびらが開ひらかれて、80年前ねんまえと「いま」が地続じつづきになります。

新作しんさく「ひろしま絵日記えにっき」(小峰書店こみねしょてん)の主人公しゅじんこうは、小学しょうがく2年ねんの女おんなの子こ。夏休なつやすみに行いったひいおばあちゃんの家いえで、古ふるいノートを見みつけます。それは80年ねん前まえに同おなじ小しょう2だった、ひいおばあちゃんの妹いもうとの日記にっきです。戦時下せんじかの苦くるしい生活せいかつの中なかでも楽たのしみを見みつけ、一日いちにち一日いちにちを大切たいせつに生いきる様子ようすがつづられていました。最後さいごの日付ひづけは8月がつ5日いつか。ひいおばあちゃんは翌日よくじつに広島ひろしまを襲おそった出来事できごとを語かたります……。

中澤さんの新作「ひろしま絵日記」

中澤なかざわさんは1953年ねん、愛知県名古屋市あいちけんなごやしに生うまれました。広島市内ひろしましないで中学ちゅうがく高校時代こうこうじだいを過すごし、大学だいがく卒業そつぎょう後ごに広島ひろしまへ戻もどりました。本ほんなどを書かく文筆ぶんぴつ業ぎょうのかたわら、被爆ひばく地ちを訪おとずれる修学旅行しゅうがくりょこう生せいの案内あんないを四半世紀しはんせいき(25年ねん)以上いじょう続つづけています。

子こどもたちが被爆者ひばくしゃの肉声にくせいに触ふれる機会きかいは減へりました。平和へいわ学習がくしゅうに取とり組くむ先生せんせいの悩なやみも耳みみにするようになりました。「原爆げんばくを題材だいざいにした素晴すばらしい文学作品ぶんがくさくひんはたくさんあっても、時代感覚じだいかんかくが合あわなくなっている。今いまの子こどもたちが主人公しゅじんこうになり、没入ぼつにゅうできる物語ものがたりでなければ伝つたわらない」。中澤なかざわさんは、歳さい月げつの重おもみを肌はだで感かんじながら、伝つたえ方かたを思案しあんします。

 

原爆資料館げんばくしりょうかん(広島市ひろしまし)に収おさめられた遺品いひんには、当時とうじの少しょう年ねん少女しょうじょの制服せいふくやおもちゃがあります。原爆投下げんばくとうか前後ぜんごの日常にちじょうが浮うかび上あがる手記しゅきや証言しょうげん。それらを題材だいざいに想像力そうぞうりょくを働はたらかせ、創作そうさくを続つづけてきました。新作しんさくも、そのようにして生うまれたものです。

ヒロシマに出合であった子こどもたちが探求たんきゅうにのめり込こむ姿すがたを、中澤なかざわさんは「奇跡きせきのような化学反応かがくはんのう」と呼よびます。「すぐに反応はんのうがなくてもいい。何なん年ねんか先さきに思おもい出だすかもしれない。きっかけを作つくり続つづけたい」。若者わかものたちの感性かんせいを信しんじています。【宇城うじょう昇のぼる】

 

毎日小学生新聞より転載